![]() |
![]() |
![]()
|
|
今年も押し迫ってまいりましたが、皆様いかがお過ごしですか。 まず、皆様にお知らせがあります。 平成25年の正月に大同窓会を終えてから約4年が経過いたしました。あの時、また5年後にお会いしましょうと申し上げましたが、その時が近づいてまいりました。約1年後となりますが、平成30年1月2日に第2回大同窓会を開催することをここにお知らせいたします。沢山の同級生と協力して、是非素晴らしい同窓会となるよう進めていくつもりですので、どうぞよろしくお願いいたします。 今年1年を振り返ると、私の記憶にもっとも残っていることは九州南部での地震でした。ちょうどその2週間前に熊本を中心に九州旅行をした私がテレビで目にしたのは、桜とのコントラストが大変に美しかった熊本城の無残な姿でした。2週間前に熊本で見たその城は、熊本県民に愛され熊本県の象徴ともいうべき様子がひしひしと感じられる立派なものでした。天守閣から見下ろした綺麗な街並み、その遥か遠くにそびえる阿蘇山の雄大さも印象深く、本当に素晴らしいところだと感心したものでした。それだけにテレビの映像から流れてくる悲惨な町の姿は、遠く九州での出来事とは思えない、身近に感じるものでした。たった2週間前に、と絶句するばかりでした。同時に、同級生のご息女が春から熊本の大学に入学が決まり、お祝いの言葉を伝えたばかりであったことを思い出しました。本当に胸のあたりが苦しくなるような嫌な感じがしました。震度7という途方もない自然の力を前に無事を祈るしかありませんでした。間もなく無事の確認がとれた時の安堵感は心からのものでした。 決して他人事ではない、まさに自分のことと置き換えて考えなくてはならない、そういうものだと感じました。 美しかった熊本城が修復されるのにこれから多大な費用と年月が必要であることは間違いありません。熊本の人達の喪失感は想像を絶します。もしかしたらこの地震で被害にあわれた同級生の皆様もおられるかもしれません。心よりお見舞い申し上げます。 熊本の人々にとっての熊本城はいつもそこに当たり前にあるもの、ずっとあるはずであったものだと思います。そうした当たり前にあると思っていたもの、あるはずであったもの、それは物や人に限らず、いつ突然に奪われる、失われるかもしれません。私たちは目の前の小さな日常や幸せを今よりも大切に思い、噛みしめて生きていかなければならないのではないかと考えさせられました。 袖振り合うも多生の縁、この小さな縁は決して偶然ではないのです。中学1年の時に出会い絆で結ばれた私たちは、30年後にも新たな絆で結ばれました。そしてまた5年後、絆のリレーは続いていきます。今こそ、この絆をもう一度見直してみませんか。そして大切にしてみませんか。 是非、平成30年1月2日にお会いしましょう。そして、新しい絆を紡ぎ出しましょう。 |
平成27年9月19日 代表幹事 三 枝 毅 士 | 同級生の皆様、御無沙汰しております。同窓会幹事の三枝です。諸事情ありまして さて、平成25年の大同窓会以来、同窓会組織としては常に動き続けておりまして、 ところで、平成25年の大同窓会では次は5年後にという話が出ておりましたが大同 しかし、毎年の同窓会を開催していく中で次もという気運が高まってきまして、それ もちろん第二回を開催する以上、第一回を上回る沢山の同級生に参加していただき 最後に、同級生の集まりではどうしても同級生の訃報というものも聞こえてまいりま
「正直、市民病院前あたりで参加したことを後悔した」(T田)、「O川おまえ何でそんな ただ峰山行って弁当食べて写真撮って帰ってきただけだけど緩くて楽しい時間がそこ それではまたお会いしましょう。その時を楽しみにしています。 |
|
|
|
|
|
いよいよ大同窓会当日、続々と集まる同窓生達に圧倒され『これは今までのイベントとは違う、す、 恩師の方々にもお目にかかれ、嬉し、懐かしかった。いつまでもお元気でいて下さい。 みんなのお陰で大同窓会が無事に開催できました。ほんまに有難うございました。 最後に、三枝代表をはじめ役員・幹事のみんさん、立上げから本当にお疲れ様でした。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|
実は私、この大同窓会という壮大なプロジェクトの発起メンバーではありません。 もしこの紫雲1983卒業生同窓会HPにたどり着いてこのページを読んで頂けたなら、是非是非、 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|